モジュラー化に興味のある方々が関心を持たれるキーワードとして、マスカスタマイゼーションとコンフィグレータがあります。いずれもモジュラー化の達成の証として企業の成果につながるキーワードとなります。今回はこの中でもモジュラー化の典型的な成果であるコンフィグレータについて考えてみたいと思います。
史上最も成功したシステムといわれるIBM System370
まずは、製造業におけるコンフィグレータの導入と活用について述べてみたいと思います。コンフィグレータの歴史は、製品の多様化とカスタマイズの需要が高まる中で、製造業が効率的に対応するための技術として発展してきました。コンフィグレータは恐らく1970年代からコンピュータ産業では使われていたと思われます。まだe-mailやインターネットのない時代においてもコンフィグレータが活用されていたのを筆者は覚えています。それは、非常に複雑なコンピュータの仕様を間違いなく顧客の要望に応えるためにホストコンピュータの時代から活用されていました。クライアントがどれだけの速さで計算を行いたいか、どれくらいの速さでプリンター出力をしたいか、などの数値を打ち込むとCPU、メモリー、BUS、ディスクなどの組み合わせだけではなく、これらを接続するためのケーブル類なども同時に出力される仕組みでした。営業担当がコンフィグレータを使って製品組み合わせを決定し顧客から契約を頂くと、製造番号が発行され、納期が明らかになり、製品が納品されるとコンフィグレータ仕様に従ってカスタマイズエンジニアが組立てを行い、システムエンジニアがOSなどの導入作業を実施して顧客が使えるまでセットアップする仕組みとなっていました。このようにコンフィグレータの仕様に基づいて製造、組み立て、セットアップが間違いなく正確に行われていたのです。この仕組みはUNIXベースやWindowsベースのサーバーに至っても使われています。
1970年代からはじまった、階層的に枠組みが作成された製品群の中から決まりきったロジックでモジュールを割り当てていく方式を「第一世代コンフィグレータ」と位置付けることができるかと思います。
この後、コンフィグレータはよりユーザーの言葉に従って製品を選んでいく方向へ進んでいきます。大きな製品の例となりますが、LNG発電所などで使われているガスタービンと補機一式もコンフィグレータで構成されていると言われています。産業用ガスタービンでは数万点におよぶ部品が使われています。このような受注ベースで数十億円の価格がする複雑な製品であっては仕様ベースのモジュールや部品選定を行うにはロジックが複雑であり多くは人に依存しています。欧州のガスタービンメーカは事業の安定のためにコンフィグレータを導入したと言われていますが、ここでは、第一世代の仕様ベースのコンフィグレータではなく、ユーザーの視点に立ったコンフィグレータとなっています。たとえば、発電所で発生される電力共有会社の観点から、最大出力、連続運転時間、また発電所の立地環境として、最高気温、最低気温、高度、気圧変化、騒音条件や、発電所のオペレータ視点となる、燃料種類、稼働時間、メンテナンス条件などを入力すると、ある程度(メーカによると90%以上の精度)の仕様組み合わせと価格が明らかになるとのことです。コンフィグレータ導入前では、専門のエンジニアが仕様書に基づいて、仕様確定のための計算などを繰り返し、関係部署との調整を行ったうえでユーザーに対して500ページにも及ぶ仕様書と価格と納 期を伝えていたのですが、これに8週間を要していたそうです。反してコンフィグレータ導入後はiPad
コンフィグレータ導入で成功したガスタービン事業
のようなモバイル型端末上のコンフィグレータに対して上記のような条件を入力することで数分という短い時間で仕様書提出と価格の提示がエンジニアの支援なしで行えるようになったとのことです。実はこの短時間の仕様見積は、このような大型受注案件にこそ威力を発揮することが分かったのです。このような大型案件では、多くの場合で計画に基づいて建設がされるわけですが、この際に採算などの計画のためには設備の見積りが重要になるわけです。また、予算実施時における入札資料にも使われるため、参考資料として見積仕様をいち早く提出することは企業の競争力となったわけです。このように、ユーザーのユースケースに基づいて構成を決めることを「第二世代のコンフィグレータ」と呼ぶことができると思います。
また、このようなコンフィグレータは階層的に上位から順に仕様を選ぶのではなく、ユーザーの重要度の順に仕様を確定させることができるようになっているはずです。筆者も2000年ごろとなりますが自家用車を購入する際にセールスマンとのやり取りの中で、車種、排気量、グレードを決めた後で、「色はどうしましょうか?」と聞かれたときに、色の選択権を持っていた家人が「赤がいいです」と言ったとたんに、「この車種グレードで赤はありません」ということで、見積が振出に戻ったことを覚えています。このように車を決める際に車種・排気量・乗員数・グレードの準で決めるのには無理があるケースがあるのです。
製造業におけるコンフィグレータの活用は、製品のカスタマイズや効率的な製造プロセスを支援するために重要な役割を果たしています。改めて、以下にコンフィグレータが製造業でどのように活用されているかについてまとめてみます。
- 製品バリエーション管理
バリエーション管理: 製造業では、複数のバリエーションがある製品を提供することが一般的ですが、コンフィグレータを使用することで、すべての可能な製品バリエーションを管理し、エラーのない製品仕様を簡単に生成することが可能になります。
- 生産プロセスの効率化
自動化された設計と見積り: コンフィグレータは、製品の設計データを自動的に生成し、それに基づいて見積りを行うことができます。これにより、見積りプロセスが迅速化され、顧客への対応が早くなるとともに、エラーが減少します。納期については、現在の一般的なコンフィグレータでは即時に回答は難しいと思われます。
製造指示書の生成: コンフィグレータは、選択された仕様に基づいて製造指示書を自動的に生成し、工場の製造ラインに正確な指示を提供します。これにより、手作業でのミスが減少し、製造効率が向上します。
- コスト削減と在庫管理
在庫最適化: コンフィグレータを使用することで、製品バリエーションに応じた部品や材料の在庫を最適化することができます。必要な部品のみを製造するため、過剰在庫のリスクが減少し、コスト削減につながります。
リードタイムの短縮: 標準化された部品による構成のため、受注設計から製造、納品までのプロセスが効率化され、リードタイムが短縮され、顧客満足度が向上します。
- 営業市場の拡大と市場の変化への迅速な対応
インバウンドマーケットの獲得: コンフィグレータを企業の製品紹介ホームページに組み込むことで、取引のない企業や顧客、または、製造者が考ええない使い方を考えているユーザーと対面することがあります。これを外から飛び込んでくる顧客・インバウンド顧客と呼んでいます。(従来型の顧客はアウトバウンド)
Alfa Labal社プレート型熱交換器のコンフィグレータ
柔軟な製品開発: 市場のニーズが変化した場合でも、コンフィグレータを使えば、製品ラインナップやオプションを迅速に更新・変更することが可能です。これにより、競争力を維持し、迅速に新しい市場機会に対応できます。
サービスの安定化: 標準品による構成に基づく製品はサービスメンテナンス時においても威力を発揮します。時には部品交換だけで製品性能がアップグレードされることも起こります。
- デジタルトランスフォーメーションの推進
統合されたシステム: コンフィグレータは、ERP(Enterprise Resource Planning)やPLM(Product Lifecycle Management)などの他のシステムと連携して、製造プロセス全体をデジタル化し、データの一貫性と透明性を確保します。
製造業におけるコンフィグレータの活用は、このように素晴らしい成果を企業にもたらせてくれるわけですが、導入実績はなかなか進んでいません。なぜ、コンフィグレータの導入が中々進まないのでしょうか。
コンフィグレータ導入による業務プロセスの改善が見られない
残念ながら、いくつかのケースでは導入による効果が得られていないという事象が報告されているようです。日本ではコンフィグレータ導入による良い事例報告が少ないため、または導入による効果に自信が持てないため導入に踏み切れる企業が少ないのではないでしょうか。これには以下のような原因があると考えられます。
カタログベースのコンフィグレータ
現状製品をベースとしたコンフィグレータ導入となっているため製品の性能や仕様に基づくコンフィグレータとなっているためユーザーのニーズを仕様に翻訳する必要が生まれる。
営業の仕事の簡素化だけに着目したコンフィグレータ
単純に見積書の作成業務の簡素化を狙ったコンフィグレータでは、営業的な付加価値や、本来顧客が望んでいる多様性への対応や付加価値の創生が見込まれません。
制約の多いコンフィグレータ
コンフィグレータ特有のロジックを持たずに単純なIf Then Else構文によるロジックでは自由なコンフィグ構成は難しく、結果的に使いにくいコンフィグレータとなっている。社内開発型のコンフィグレータに時折みられるケースです。
コンフィグレータのメンテナンスが複雑で頻繁に行えない
製品が複雑になればなるほど構成ロジックも複雑になります。従ってメンテナンスも複雑になり、メンテナンスが頻繁に行われなくなります。これにより、最新のコンフィグレータではなくなり使われなくなります。
他システムとの連携が少ない
コンフィグレータを導入しても、営業支援システム(CRM)や製品マネジメントシステム(PLM)製品管理システム(ERP)などと連携が取れていないと、データベースをそれぞれのシステムで持つこととなり、変換や連携システムを導入してつなぐこととなります。企業において製品データベースは一つであるべきなのです。
理想のコンフィグレータ
企業における理想のコンフィグレータとは、CTO(Configure To Order)プロセスが企業内で定義されており、このプロセスの中でコンフィグレータが導入されるべきであるという事です。コンフィグレータは単独のシステムではなく、企業の中の一プロセスシステムであるという事です。下図はCTOプロセス全体を示したものです。この中であらかじめ企業内で定義された製品データに基づいてコンフィグレータが存在していることがわかるかと思います。
企業における理想的なコンフィグレータの位置づ
この図が示しているように、コンフィグレータの基本データは上位にある顧客ニーズベースのモジュラー計画と設計がベースとなっているべきであるという事が理想となります。事前に顧客のニーズベースでモジュールを構えておけば、どのような顧客ニーズにもコンフィグレータで対応することができるという仕組みです。
また、企業の組織でのコンフィグレーションを示す図としてModular Management社は右のような図で表現しています。
即ちコンフィグレーションを始めとして、ほとんどすべてのデータは中央に位置している製品アーキテクチャモデルに格納されており、各部門のシステムは常にこのデータを意識して動作するべきであるという事なのです。プロダクトコンフィグレーションによるビジネス成功の秘訣についてはModular Management社のウェブサイトにもう少し詳しく解説がされていますのでご参照ください。プロダクトコンフィグレーションによるビジネス成功の秘訣 (modularmanagement.com)
プロダクトアーキテクチャデータセットを企業の中心に置き組織間をつなぐ
という事は、コンフィグレータ導入のためには製品と企業のモジュラー化が絶対条件であり、コンフィグレータを導入するのはモジュラー化が終わってからという事になります。
これでは、企業としてコンフィグレータという収益性向上という結果を得るために長い時間待たねばなりません。(投資し続けなければなりません)
筆者はコンフィグレータをモジュラー化のスモールスタートの一つとして導入することは有益であると考えています。ただし、モジュラー化の結果はコンフィグレータのための絶対条件ではありませんが、モジュラー化を視野に入れた中でのコンフィグレータ導入も一つの選択肢として、お勧めいたします。
ですので、企業がどのような方向に向かっているのか向かいたいのか、が明らかになったうえで、ビジネスと製品ロードマップを定めて、現在のプロダクトラインからモジュラー化されたプロダクトラインに対しての移行プランまで計画を行い、このグランドルールの上でモジュラー化やコンフィグレータ導入を検討すべきだと考えています。
さて、コンフィグレータを先に導入するモジュラー化スモールスタートですが、次の図に示すようなイメージで進めることではいかがでしょうか。
コンフィグレータを先に導入するモジュラー化スモールスタートの例
スモールスタートによるコンフィグレータ環境構築提案
コンフィグレータ導入に伴うビジネスプロセスとDX推進について次の3ステップでの導入を提案します。
- コンフィグレータ標準機能により見積もり対応案件のxx%をカバー
- コンフィグレータで案件のxx%+yy%で全体の95%以上をカバーするために製品のモジュラー化に取り組み
- コンフィグレータシステムのAPIを利用し扱う案件を95%以上とし、受注BOMから製造BOMへ流れるデジタルトランスフォーメーションを実現する
現状の製品でのビジネス案件をコンフィグレータ導入でDX化することで現在の売上に対する間接工数を減らし、削減した間接工数をモジュラー化プロジェクトに振り向けることを想定しています。ここでのポイントは事業のストライクゾーンを思い切ってコンフィグレータでDX化することです。
この際に、コンフィグレータソフトウェアはCRM,PLM,ERPなどの既存システムとAPIを通じて接続できることを確認するようにしてください。
プロダクトアーキテクチャ管理とコンフィグレータシステム
モジュラー化に対するスペシャリスト集団であるModular Management社では、従来よりモジュラー化手法の管理と製品アーキテクチャ管理のためのシステムとしてPALMAを提供していましたが、2024年5月のメジャーリリースでコンフィグレータだけを取り出して使えるようになりました。PALMA Configuratorと呼ばれる製品です。上記のようにモジュラー化計画を視野に入れたコンフィグレータの導入のためのシステムとして一つの候補となると思います。製品についての情報はこちらをご覧ください。
PALMA ソフトウェア (modularmanagement.com)
PALMAコンフィグレータを開発しているモジュラー・マネジメント社は、Gartner社の「2024年ハイプ・サイクル™」でコンフィグレーションライフサイクル管理(Configuration Lifecycle Management:CLM)のサンプル・ベンダーに3年連続で選出されています。
Configuration Lifecycle Management Recognized in the 2024 Hype Cycle (modularmanagement.com)
最後に;
今回はモジュラー化の一つのゴールとして捉えられてきたコンフィグレータに対して焦点を当てて、その課題と解決、加えてコンフィグレータ導入をモジュラー化の先に同時並行的に実施することは決して間違いではないことを述べさせていただきました。企業のモジュラー化はアカデミックな研究行為ではなく、企業の収益と大きく関係を持った活動です。ですので、利益相反を考えたうえで企業それぞれの市場と社内の環境を鑑みたモジュラー化活動を進められることを強く望みます。
参照資料:
- デザインルール モジュール化パワー:カーリス・Y・ボールドウィン、キム・B・クラーク著、安藤晴彦訳著
- 株式会社ソルパック社ウェブサイト:IBM iを知らない人へ、 IBM iを説明する時に役立つコンピュータ知識②
- Tacton systems社顧客事例:Siemens Energy Reduces Quoting Time from 8 weeks to Minutes
- Alfa Labal社ウェブサイト:ブレージングプレート式熱交換器
- Modular Management社ウェブサイト:プロダクトコンフィグレーションによるビジネス成功の秘訣 (modularmanagement.com)
Tadashi Matsuo
President Modular Management Japan
松尾 直
プレジデント シニアコンサルタント
モジュラーマネジメントジャパン株式会社