弊社はモジュラー化ソリューションをご紹介するために多くの企業の方々と意見交換する場を頂いておりますが、その中で特徴的につぎのようなお話を頂いています。
“設計部門が現行製品を提供するために多くの作業が必要で、本来設計開発業務の中で取り組むべき新製品、新部品、新機構、新システムの開発を行う時間が取れていない”、という課題に対するお悩みです。
こういう意見交換の中で、ふと思ったことは、「モノづくりからコトづくり」だとか、「製品のイノベーション」だとか、「新規業界参入」という言葉の中で製造業の皆さんが、どれくらい新しい製品・商品・ソリューションを生み出す力を持っているのだろうか、と思うことです。お気づきの方もいるかもしれませんが、モノの多くは欧米で生まれて、日本でコストダウンや機能改善と品質改良がなされて世界に広まる、という構図が過去50年以上にわたって続いています。例えば、製鉄機械においては産業革命時代にさかのぼって欧州で発明が繰り返され、日本へはドイツやイタリアの技術が導入されています。しかしながら粗鋼製造の品質改良の中で日本は製鉄機械分野でもトップに立ち、逆に中国、韓国、ブラジルなどにその技術が輸出されています。自動車においても日本は世界有数のOEMを持つ国ですが、自動車そのものの基本的機能に関する技術においては欧州や米国で生まれたものが多く取り入れられています。一般消費財に目を移すと、カメラ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などほとんどの製品は海外で最初の製品が発明・開発されていることがわかります。図1:「機械設計者の視点からPLMのあり方を考える」から
(出展:アイティメディア株式会社)
日本の過去の多くの設計者は欧米で生まれた新しく革新的な製品をよりよく、安く、品質良く作るための設計を重ねてきました。図1に示すように日々の業務は多岐にわたっているようです。振り返ってみて、日本がイノベーティブに作った製品カテゴリーって何でしょうか?ウォークマン?ゲーム機?炊飯器?過去50年にわたって、多くの設計者は他社や自社が開発した製品のカイゼンと改良とコストと納期の競争力に対する設計が主となっていて、イノベーティブな製品(ビジネス)を開発する機会を失っていなかったでしょうか?
弊社は、冒頭で述べたように、日本の企業や設計オフィスの持っている余力が新しいモノやコトを生むためには不十分だったのではないかと察しています。日常の設計に追われていて、新しくモノ、コトを生む時間が無くなっているのです。
さて、多くの企業では、他社自社の過去製品から新しい製品を生み出すためには、キャリーオーバーと呼ばれる信頼できる製品をいったんコピーして、その構造や形状をうまく流用しながら新しい製品を開発設計されていると思います。キャリーオーバーは決して悪い事象ではありません。実際にキャリーオーバーによって多くの開発時間をセーブしていますし、先達が作った高品質製品の図面をキャリーオーバーすることで、海外展開時も安心して製品を販売できる、という恩恵を得てきました。従って企業の設計者はコピーとキャリーオーバーで業務を行うことが多いと言われていますが、この理由についてもう少し掘り下げてみましょう。
次の文章に「~だからキャリーオーバーしました。」という言葉を入れてみてください。
キャリーオーバー設計は別に悪い設計ではありませんが、キャリーオーバーされた図面(部品)の成り立ちや検討されている仕様について十分わかっていないと課題が新しく発生することになります。
また、設計部門が後工程のサプライチェインのための準備部門となっているために変更のない図面をわざわざ出図していることが見受けられます。受注生産(ETO)でお客様の特別仕様が全体の10%しかない場合においても、90%の図面が手配のための品番を取るためにキャリーオーバー新図として扱われているケースがあります。さらに、100%同じ部品のキャリーオーバーなのに、新しい仕向地が入ったため現地調達部品が少し異なるためにキャリーオーバー部品を変更しなければならないケースもあります。設計性能的には変更の必要がないにもかかわらず、工場の違いやサプライヤーの違いで部品が変更になることがあります。
図2:キャリーオーバー設計者の作業
(受注型製造業での一例)
年間受注開発製造 20-30台
年間新規部品(図面)数 20台x10,000部品 → 200,000図面/年間
この例では10年間で200万枚の図面(部品)を管理することになります。建築・プラント・造船のように製造建造するために使われる図面で使い捨てであればこの数字は問題ないかもしれませんが、10年20年稼働するような機械であれば、これらの図面は維持されなければなりません。
キャリーオーバー図面(部品)による設計はどうなればよいのでしょうか。キャリーオーバーを使う設計者の悩みは次のようなものかと思います。
ここで、やはり一番大きなことは「どのような仕様に基づいて検討された図面(モデル)」なのか、というポイントでしょう。新しい製品の企画の根本となる要求仕様、これは外部のニーズ、内部のニーズ、環境要素のニーズなど多岐にわたります。この多岐にわたる複雑な仕様要求に対してどのように対応された設計となっているかが課題です。最近では要求仕様ベース設計やV字型設計プロセスなど、いかに要求仕様に基づく設計が大事であるかが取りざされています。この一番大きな背景は、「属人化」からの脱却です。キャリーオーバーも自分自身で過去に作成した図面(モデル)を新しいプロジェクトで適用する場合には、前に行った検討をほぼ覚えておられますが、他の方が行われた検討については、わからないポイントも多いです。設計ナビゲータや設計手順書を使った設計手法も取り入れておられますが、企業としての品質などベースラインとして着目すべきポイントについてはしっかり描かれていますが、個別の要件までは表現されていないかもしれません。
モジュラーの考え方は、これらの要求仕様をニーズベースで整理して、どのような技術解決策で要求仕様を満たそうとしているか、どの部品(モジュール)でこの要求仕様を担当しているか。モジュールはどのような戦略に基づいて分割整理がされているか。というようなメソッドで自社の製品を成立させようとしています。採取的にはモジュラーBOM、これは仕様BOMとも表現されますが、モジュールラインアップの組合せで過去の顧客、現在の顧客、将来の環境仕様の対応をモジュールラインアップの組合せで実現しようとしています。
図3は弊社が提唱している戦略三軸に基づくモジュールの分割手法を示しています。ここで上向きの軸はマス(量産)による効果が得られるような部品を示しています。左軸は自社の強みや業界での競争力の源となり、付加価値を生むモジュール、右軸はお客様(プロジェクト)毎に異なる仕様(カスタマイズ)、国などの仕向地によって異なる規制や仕様のカバーを行うモジュールを示しています。
これらの三軸にしっかり分けてモジュール設計がなされていると、性能向上をしたい場合は左向きの軸のモジュールを入れ替えて強みを増す、新しい仕向地仕様に対応する場合には右軸のモジュールを入れ替える。という入れ替え作業で設計ポイントが減り、これは即ち、下流部門での評価作業が減るようになること示しています。
さて、ソフトウェアと協働する機構設計の増加に伴ってMBD(Model Based Development)や、MbSE(モデルベースシステムエンジニアリング)という言葉が多く使われるようになってきました。MBDについてITID社のウェブサイト(*1)ではは次のように用語を解説しています。
MBD(Model Based Development:モデルベース開発)
MBD(Model Based Development:モデルベース開発)とは、一般には 1D-CAEなどのシミュレーションモデルを用いた事前評価を取り入れた開発のことを指す。
シミュレーションできるモデルに限らず、モデルを広義に捉えて、文書や図面ではない抽象化したモデル(要求や機能を表現したツリーやブロック図など)を共通言語として、段階的に詳細化・具体化しながら進める開発のことを指して使われることもある。その場合は、MBSEとほぼ同義。
MBDの主な目的は、具体的な形や寸法を決める前に、機能で考え、事前評価し、最適な特性値を見出すことにより、早期に素性の良い基本設計を行うことにある。それにより、従来の仕様に囚われない全体最適の観点での製品作りや、開発後半での手戻りの抑制などの効果が見込める。
MBDを成功させるためには、どのタイミングで・何のために・何の評価を行い、どういう段階を踏んで製品の完成度を上げていくのかといった、開発プロセス上でのシナリオを正しく設定し、社内の共通認識にすることが大事である。組織として大きな効果に結びつけるためには、そのような開発プロセス改革とセットで取り組むことが必要になる。
図4:MBDアプローチ設計プロセス
(出展:ITID社)
ここで書かれているようにMbSEの重要なポイントとして、「具体的な形や寸法を決める前に、機能で考え、事前評価し、最適な特性値を見出すことにより、早期に素性の良い基本設計を行う」というふうに事前に仕様をしっかりとらえて基本計画をおこなうべきである、と言っています。これは最近のソフトウェア、電気、メカニカルを含む機器については、メカ→電気→ソフトの順で設計するのではなく、これらを一度に俯瞰してみながら設計すべきであるということを言っています。また、これを図4のようなV字型プロセスで検証しながら進めるべきであると言っています。言い換えれば、機器をメカ、電気、ソフトを俯瞰してみながら最適な製品を生み出す設計方法をMbSEと呼んでいることになります。
一方モジュラーの観点で見ると、このMbSEの考え方には事業運営の観点から落ち度があると言わざるを得ません。なぜなら、一つの機器(プロジェクト)についてはしっかりメカ、電気、ソフトを俯瞰しながら仕様に対して満たすような設計を行っているわけですが、企業に複数ある製品にまで、その最適化が及んでいないかもしれません。モジュラー化の考え方はベースとして企業における製品(プロジェクト)を最適に流用(再利用)することで扱う部品種類数を減らし、生産を最適化し、納期を短縮し、部品種類数減少により品質向上を図り、無駄な部品在庫を減らす、などの事象により、企業が事業係数である売上、利益、財務のそれぞれ改善し競争力を上げる、ということを目的としています。同時に設計者も最適化されたモジュールを有効に使うことにより、新しい機軸、機構、ソリューション、ビジネスを生む活動にシフトができるはずです。以下にモジュラーとMbSEの違いや特性を上げてみました。
上記のようにモジュラーとMbSEは目標とすることは近いものもありますが、手法が使われるステージが違うように感じられます。まずは、モジュラー化プロジェクトで、キャリーオーバーで行ってこられた流用設計を明示化し、それぞれのモジュール部品が企業の戦略に合うような形で振り分けられて再利用しやすくすることを行って、ここで得られた余力を新しい製品ソリューションの開発に向けていただき、この際にはMbSE手法によって仕様を明らかにしたシステムエンジニアリングを実施されることを望むところです。
別の観点として、モジュラーとMbSEをシステムの関係からみてみましょう。図5は企業の各部門が仕様ベースでつながるDX(Digital Transformation) をイメージしています。モジュラーもMbSEも仕様をベースとしたエンジニアリングが行われているので中央にある仕様データベースを管理すれば各部門がDXでつなげることは可能ははずです。
図5:モジュールバリアントの仕様を起点としたDX例
最後に、キャリーオーバーをいかにモジュラー化するかについて述べたいと思います。従来手法で標準化、モジュール化された製品を、キャリーオーバーしながら新しい手法によるモジュラー化へ導く手法については図6のようなアプローチで行うことができるという手法も紹介されています。過去に適用されている製品アーキテクチャを整理し、これに現行や将来の仕様要素を加えて新しい製品アーキテクチャを構築しようとしています。このような手法を使うことで自社の製品を早くモジュラー化し、新しいビジネス要件(環境問題、新規輸出課題など)に早く対応することができます。
図6:モジュラー起点で製品アーキテクチャを再構築するプロセス例
今回はモジュラーそのものについては詳しく触れておりませんが、これについてはモジュラーマネジメント社のウェブサイトにモジュラーについての情報が多く掲載されておりますので、ぜひご参照ください。
モジュラー化活動によって貴社のキャリーオーバー流用設計がモジュラー・コンフィグレーションビジネスに発展し、国際的にみてもコスト、納期、品質で強力な競争力をつけられることを強く願っています。
注1)ITID社ウェブサイト http://www.itid.co.jp/glossary/modelbase.html