皆さんはモジュラー化に取り組む際に、「何のためのモジュラー化」について検討し、周知したうえで進めていただいているでしょうか。過去や現在取り扱っている製品や部品ユニットについては、それらが持つ「製品の意図」があるうえで製造販売されておられるので、あまり検討する必要がないかもしれません。
しかしながら、これからの開発設計製造企業の在り方として、企業(事業)の経営方針と連動した設計開発を検討したモジュラーシステムを考えることも重要ではないでしょうか。
このブログでは、企業が目指す目標に対してモジュラープログラムがどのように呼応・適応すべきかについて考えてみたいと思います。
まず、ほとんどの企業では中期・長期事業計画を策定しておられると思います。その中期事業計画の立てられ方について具体的に考えてみます。多くの企業では次用のような建付けで中期計画を策定されておられると思います。
Ⅰ.事業環境の変化に対応する成長に向けた事業プラン
昨今の日本企業が置かれているポジションは非常に難しい課題が山積しています。
このような事業環境の中で経営層は従来から中長期プランという事業プランを立てて運営をされていると思います。2-3年前であれば2030年プランという名称で事業プランを立てているかと思います。
この事業プランを立てるにあたって、上記のような事業に対する悪影響環境下であっても、何らかの成長プランを立てておられるはずです。
では、どのようにして事業成長プランを考えるのでしょうか。
事業プランには短期的なプランと中長期的なプランがあります。
Ⅱ.2種類の事業プランと実践事例
1.短期的な事業改善計画
この事業プラン策定の中ではSWOT分析やバランススコアカードなどのツールによって次期プランが導き出されることもあると思いますが、一番の近道は現状分析から、売上構成とコスト構造、販管費構成の見直しでしょう。次の図は日経X-Techサイトに掲載されている製造原価の説明ですが、この図を見ると売上から利益を引いた総原価に対して、製造原価と販管費の構成が良くわかります。
通常の企業活動では改善活動としてコスト削減という着目点について議論されます。この場合、製造原価の中の材料費に対して、開発設計部門では、小型化、軽量化、標準化で材料費(直接原価)を減らす活動がされます。一方、生産管理などの下流部門では組み立て手順の最適化、金型や治具の使いまわしによる労務費(間接原価)の低減に努められています。
今回のブログでは、製造原価の低減活動ではなく、総原価の一部である販管費の圧縮について着目して記述したいと思います。
さて、ザイマニ社のウェブサイトには財務諸表の比較を行う活動例として、次のようなシートで競合他社との比較が行えるようになっています。
比例縮尺財務諸表をグラフ化する無料のエクセルテンプレート|HIREI (zaimani.com)
この二社の比較では営業利益率の差が歴然としていることが分ります。また、B社は販管費が営業利益の圧縮の原因となっていることもわかります。売上原価はそれほど変わりませんので、販管費を減らせば競合他社なみの営業利益が得られる期待が持てます。
一方2021年の資料となりますが、経済産業省企業活動基本調査において製造業の事業パフォーマンスの平均値が示されています。これを用いると皆さんの企業がどのポジションにあるかがわかると思います。
この数値から主要な数値を取り出すと、2021年全製造業平均値は;
であることが分ります 。
経済産業省企業活動基本調査 / 統計表一覧-確報(概況) 2022年企業活動基本調査確報-2021年度実績-
さて、販管費とは何を含んでいるのでしょうか。製造業における販管費は主に間接部門の人件費と研究開発費なります。また運送費などの経費も販管費に含まれていることが多いと思います。間接部門とは、一般的に、役員と人事総務、経理、研究開発部門を指していますが、企業によっては調達や運輸も対象となっていることがあるようです。生産技術など製造にかかわる間接人員はその費用が製造原価に賦課されていることが多いと思います。
販管費が多い、とは、営業部門の業務が複雑で非効率であること、資材調達の発注数が多い、無駄な運送が多い、さらには納品後の品質に対する費用が営業経費として落とされているケースもあるかと思います。
この販管費分析から営業から納品までの活動をいかに効率よくするかが、事業パフォーマンスを向上させる近道になることが分ります。販管費を減らすためには製品のモジュラー化から取り扱う部品種類数を減らすことによる間接部門の効率化と、モジュラー化によってもたらされる営業コンフィグレータの導入によって営業の効率化、製造の効率化などで、販管費を減らすことができることは明白です。
2.在りたい姿を目指した中期事業計画
次に事業計画を立てられる方法として、もう少し中長期にわたってどのように事業を変化させるかに着目して中期経営計画を立てられることもあると思います。
中長期プランを立てられるプロセスを見てまいりましょう。
このような分析をもとに、中期事業計画で肝要なのは、経営陣が「どうなりたいのか」「どうありたいのか」を強く示すことです。どうなりたいかは、数字で表現すると「2030年に売上を1.5倍にする、同時に経常利益率を10%まで引き上げる」、でもよいかと思います。またもう少し具体的な目標としては、「業界シェアを+10ポイントとる」、とか現在進出できていない地域への進出もあると思います。
ここでは、経営陣が2030年に売上を1.5倍とする、という積極的なプランを立てるとします。この命題が出ると、
(1).事業ポートフォリオをどのように変化させてこの数値を達成するか。
(2).そのためにどのような製品ラインアップをそろえる必要があるか。
(3).新たな領域もしくはシェアを拡大するためにどのような技術開発が必要か。
(4).製品ラインアップを実現するためにどのようなモジュールが準備されるべきであるか。
という思考ロジックが生まれるはずです。
あとは、この(1)から(4)の項目をブレークダウンしていけば、事業プランが確実となると同時に、最終的に必要とされる技術開発とモジュラー整備の概要が見えてくるはずです。一方で、マーケティング、営業部門は新たな事業領域をどのように開拓するか、自社で売るのか、パートナーに売ってもらうのか、OEM供給で売るのか、マインドシェアを取るためにどのようなマーケティング活動が必要であるかを検討できることになります。さらに、下流部門であるサプライチェインでも従来の1.5倍の製造量をどのように行うのか、組み立てラインを2/3にして製造量を増やすのか、製造工場を増やすのかの検討も行われます。
この事業ポートフォリオからモジュラーまで落としていくロジックが次の図です。
このケースでは、事業環境の情報から、国内は人口減少もあり、国内需要だけでの事業成長には限りがあるとして、これから成長が見込める東南アジア地域での伸長をもくろみました。この市場では小型シリーズの新たな製品開発が必要であると判断し、この製品ラインアップを実現するためには動力源の技術開発とモジュールラインアップの整備が必要であるとしました。図では矢印は下から上へ示して事業を支えるような形となっていますが、モジュラー化計画策定の実際は、上から下に対してモジュールの目的が落ちてくるはずなのです。
また、製品ラインアップ群の中でのモジュラー活用については新たにプラットフォーム戦略によるモジュールの共有が必要であるという技術戦略をとることを決めています。下図は製品プラットフォーム戦略の成長を示したものですが、製品や事業によってはワイドなプラットフォームや横断的なサブシステムというプラットフォームで事業戦略をカバーすることは可能です。
3.事業戦略からプロダクトアーキテクチャ戦略とモジュラー戦略をとった事例
XXXX年にどのようになりたい、という経営陣の明確な示唆に基づいて製品ラインアップとモジュラー化を行った事例を見てみましょう。
どちらも自動車OEMですが、明確なプランを打ち出し、これを見事に実現している例です。
VW社は2000年初頭においては、トヨタ、GMを追いかける立場でしたが、下左図のようなMQB-MSBモジュラー戦略によって世界同地立ち上げや、マルチブランドでのモジュールの共有化、生産技術の共有化などによって、2020年ごろにはGM,トヨタを一時的に抜いて世界一の販売台数を実現するようになりました。(下右図)また、当時の最大の課題であったCO2排出量をいち早く減らすことで商品の競争力を上げてシェアを取ることも企画されているようです。そのために、マルチブランドと異なるグレードにまたがる省燃費のための機器や製造方式の共有(=モジュラー化)によって、これを実現されています。
トヨタも2002年に策定した「グローバルビジョン2010」では、2010年代の世界シェアを15%程度とするという事業成長プランを打ち出しました。これは2010年までにトヨタは世界の15%のシェアを取る。というものでした。これを発表したころのシェアは7-8%であったといわれていますので、2倍の販売量を実現するということになります。これは、開発も生産技術も現状のリソースで2倍の仕事量を実現するか、もしくは半分のリソース(期間)で開発から生産までのリードタイムを実現するかという課題となりました。そのためにデザインから生産技術・評価に至る隅々のプロセスにおける最適化が行われました。
この図は前述した図ですが、トヨタは左から二番目のワイドなプラットフォームを活用することで多車種の開発リードタイムを半減させたといわれています。
トヨタ自動車75年史から
この結果として2000年当時600万台弱であった販売量が2007年には950万台まで伸長していることがこのグラフからわかります。
この経緯についてはトヨタ自動車75年史にも実現方法が書かれていますのでご参照ください。
これまでのことを踏まえてモジュラー化活動とは何なのかについて再度考えてみたいと思います。
1)で述べた「短期的な事業改善計画」において、モジュラー化などによる営業からデリバリーまでの最適化が販管費の抑制で実現できること、さらには、モジュラー化によって設計から製造部門でも、直接原価の低減や複雑さ低減による間接原価の削減が可能であることは明白です。2)における、ありたい姿を目指した中長期事業計画においては、事業目標を実現するために事業ポートフォリオが立てられ、事業ポートフォリオを実現するために製品ラインアップが整備され、製品ラインアップを実現するために基礎研究開発とモジュラーによる準備が必要であることがお分かりいただけたと思います。
従来多くの企業ではモジュラー戦略は標準化活動の発展形として開発設計部門が中心となって活動されるケースが多いようですが、むやみにモジュラー化を進めるのではなく、明確な目的をもって活動をしていただきたいと思います。目的があればモジュラー化の結果、どうなっているかの評価も可能かと思います。
プレジデント シニアコンサルタント
モジュラーマネジメントジャパン株式会社
Tadashi.matsuo@modularmanagement.com